このパーキングは、スーパーの屋上に作られていて、周りにはフェンスが張り巡らされている。車の中からだとフェンスと青空しか見えないので、フェンスに近づいて周りを見渡してみた。
フェンスの外は別の建物のはずだが、建物どうしの間隔は、広くて3cm程度、高さに至っては数ミリの誤差も無いほど統一されているため、屋上がまた別の地上のような平面を構成している。遠くには、フェンスのついた学校のグラウンド、屋上のはずなのに道路や信号機も見え、地上と同じように車も走っている。
そうこうしているうちに妻が買い物を終え戻ってきたようで、車の方から私を呼ぶ声がする。妻は、自分の買った新車なのに、あまり運転しようとしないので、私がいつも運転手である。パーキングから出て、本当の地上の道路と合流すると、意外なほど車や人の通りは少ない。昼間だというのに、地上の道路へは自然な光が届かず、街灯がともされていて、地下を走っているようだ。
しかし、少し走ると突然街は途切れ、田んぼ路になった。遠のいてゆく街をバックミラーで見ると、街自体が一つの建物のように真四角になっているのが分かる。何やら、映画を見て、映画館を後にする時のようだ。
田舎道を更に走ると、道路の舗装もなくなり、砂利道へ、泥道へと変わり、ぬかるんだ道へ変わった。もう車では先に行けない。私たちは、自転車に乗り換え、二人乗りでさらに進んだ。
しばらくすると潮の香りがしてきた。もうすぐ海なのだろう。自転車をこぐのに一生懸命だった私は、いつしか見知らぬ道に迷いこんでいる事に気付いた。妻は後ろで船をこいでいる。
道は更に狭くなり、自転車さえも通れない、人ひとりがやっと通れるほどの幅しかない。私たちは、自転車をも乗り捨て、もはや道とは言えない道を歩き始めた。
海は前方に見えるのだが、上り坂ばかり。左右は切り立った岩山、ではなく泥山。
粘土のようにぬるぬるしている山肌に手を当てながら登ってゆく。左手の山は海へと変わり、遥か下には白い波が砕け散っている。
気づくと、少し後からついてきていた妻も、もう疲れ果てたのか、しゃがみ込んでいる。この先、更に急な上り坂も目の前に見えている。私は、妻のところへ近寄り、一緒にしゃがみ込んで休憩することにした。
いつもは、どうでもいい話で笑ったり怒ったり話の尽きない二人だが、今回ばかりは、ため息ばかり。
妻の疲れも少し和らいできたようだが、遠くの夕日を眺めながら、二人でもう少し潮風に吹かれていよう。
二人で家に帰っているつもりだったが、私たちはどこへ向かっているのだろうか。
元々、出かけたのも買い物のだったのか。
帰る家が本当にあるのかさえ今は分からない。

